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エピソード1
「奇跡の連携プレー」

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歯科の訪問診療で特別養護老人ホームを訪問していたときのことです。当時、私は歯科の訪問診療チームのスタッフとして働いていました。私が勤務した歯科医院は、当時としては先取の取り組みといえる訪問診療に力を入れていました。 訪問先は、病院の療養型病床、精神科病床、系列の介護老人保健施設や特別養護老人ホームなどで、要介護、終末期(ターミナル期)を含むさまざまな患者さんを診ていました。  当時、口腔ケアが今ほど普及しておらず、その病院でも口腔ケアチームを立ち上げたばかりでした。看護師や言語聴覚士などが、試行錯誤しながら一所懸命に取り組んでいましたが、専門的な知識と技術を有する歯科衛生士ではないため、できることは限られていました。なかには、口腔の状態がひどい患者さんもいました。口腔の状態が、出血傾向にあり、痰も絡んで気道が塞がるのではないかと思うような患者さんもいました。「よっしゃ! 私たちの出番だ!」とばかりに、私たちは、他職種と連携し、口腔衛生と口腔機能の向上に没頭しました。 当時、他職種連携のミーティングに歯科衛生士は参加できなかったため、私たちから看護師、言語聴覚士、管理栄養士などに声をかけて、患者さんの口腔の情報を伝えていました。 私たち歯科衛生士は、食べる機能の維持・改善も担っています。他職種との連携はとても大切です。コミュニケーション能力が高くないと、他職種と連携がとれないことを実感しました。  訪問診療は10年間続けましたが、今でも忘れられない患者さんがいます。その患者さんは、特別養護老人ホームでターミナル期を迎えていました。患者さんには2人の娘さんがおり、姉妹は忙しい合間をぬって、お母さまを見舞っていました。ある日、姉妹はお母さまの最期の願いを私に話してくださいました。それは「口から食べられなくなったら、そのまま自然に最期を迎えたい」というものでした。  しかし、病院としての治療方針は「胃ろう」でした。お母さまの願いと治療方針との狭間で、姉妹は悩んでいました。お母さまとの約束があるため、姉妹はとても悩んでいました。私は、その思いに寄り添いたいと思いました。時間はあまり残っていません。お母さまの口腔は、免疫力が低下し、栄養不足と相まって、痛々しい状態でした。 私は、あらゆる保湿剤を試して口腔ケアに挑みました。しかし、週一回の訪問診療だけでは限界があります。お母さまの「願い」をかなえるためには、日ごろ接している他職種の人の力を結集する必要がありました。私は、施設の看護職員や介護職員などに「お母さまの希望をかなえたい」と粘り強く訴え、懸命に連携を図りました。  チームは、目標に向かって一つになりました。そして奇跡が起こったのです。お母さまの口腔は一時的に回復し、出血も治まりました。姉妹は「口から好きなものを少しだけ食べさせてあげられた」とうれしそうに話してくれました。患者さんの人生に、少しだけ寄り添えた「幸せ感」がありました。  しかし、その後、免疫力は急激に低下し、命の最期が近づきました。最期の口腔ケアは、姉妹を含め、総勢五人がかりでした。その日、姉妹は「髙野さん、母の手を握ってあげてください」と言いました。とても温かい手でした。それがお別れでした。

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