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エピソード2
「人は誰しも尊い」

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口腔ケアに寝たきりの患者さんをケアした時のことです。その患者さんの部屋に入ると、「今日はご機嫌が悪そうだな」と察知しました。とはいえプロとしてなんとか口腔ケアをしなければいけないのですが、私は「今日はやめた方がいいな」と思い、口腔ケアをやめにしてドクターにその旨報告しました。  その時、ふと壁を見ると、家族の写真が飾られていました。お孫さんと思われる人の結婚式の写真でしょうか。私は、その患者さんに「これお孫さんですか? 結婚式のお写真ですね」と話しかけました。  その患者さんは、話すことはできませんが、にっこり笑ってうなずくしぐさをしました。私は、「お孫さんは、○○さんにそっくりですね」などと、会話を続けます。「この方が幸せだったらいいなあ」と思って話しかけています。  おばあちゃん、おじいちゃんを大切にしてくれている家族がいるかどうかは、床頭台の周りや壁を見ればわかります。家族の写真などを見て、その話をすると患者さんの心がほぐれていきます。心がほぐれると口もほぐれます。  仕事だから何がなんでも口腔ケアをするというのではなく、「お口の中をきれいにしましょうか?」と患者さんの意思を聞きます。どうしても嫌だということなら、「そう、ではまたにしましょうね」と言って笑顔で手を振り病室を出ます。でも、お孫さんの話をした時にパカッと口が開くこともあります。「いいの?」と聞いて、指で口を触ると口の筋力が「ふー」と抜けていきます。ケアOKという合図です。こうなってから、ようやく口腔ケアが始まります。  ケアが終わると、患者さんに「ありがとう」とお礼を言って、ほっぺをさすります。患者さんは、寝たきりでも、口をきけなくても、尊い人だからです。たまに叩かれることもありますが、私は、ほっぺを優しくさすって帰るようにしていました。

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